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まちに森をつくって住む (JUGEMレビュー »)
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「百の知恵双書」第8巻
住まいをつくる誰もが豊かな環境を得たいと思う。しかし、住まいをつくることによって、逆に地域の自然環境を破壊しているとしたら、それはなんという矛盾だろう。
これからのすまいづくりにおいて最も得な方法は何か。
それは地域の緑の価値を見直し、それを快適な「天然の空調装置」として住まいに活かすことである。
本書はこうした視点に立ち、個人の住まいづくりと街の環境づくりをつなげるビジョンと実践例を示し、本当の快適さを体感するための「エコロジー住宅市民学校」を誌上開講する。
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洋裁の時代―日本人の衣服革命 (JUGEMレビュー »)
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国立の最初の家


私は1952年2月22日、東京都下北多摩郡国立町中区186番地で生まれた。家が建てられたのはその2年前の1950年、ちょうど住宅金融公庫ができた年である。売りに出された1反の土地を4家族で分け、南西の土地を父親が手に入れた。水道が引かれるまでは井戸が4軒の家の真ん中にあった。この家ができたとき、金融公庫から酒2本が届けられたという話を母から聞いたことがある。
杉の下見板張り、白ペンキの木製建具、赤茶のセメント瓦の質素な小さな平屋である。憶えているのはただ広い(といってもそれは子供の感覚で、実際はかなり狭いのだが)板の間だけの家だったことである。雑巾がけしている母親の側で、板の間に寝転がり、天井に写るバケツの水の反射を飽きもせずに眺めていた。
3畳の和室が東側についていて、板の間との段差が50センチほどあり、間に踏み板が一段あった。板の間の天井高をできるだけ稼ぎたかったからである。父は売れない画家で、この板の間で仕事をしていた。冬はダルマストーブと小さな掘り炬燵、夏は畳の部屋に蚊帳を吊って母と寝た。
家の西側にニワトリ小屋があり、毎朝、小屋に入り、卵をとってくるのが、私の仕事だった。小学校3年頃、ニワトリ小屋が壊され、ニワトリもつぶされた。風呂と和室が2間増築されて、賄い付きの下宿を始めた。水道と都市ガスが引かれたのもその頃だったと思う。
| 国立の記憶 | 23:16 | comments(1) | trackbacks(0) |
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コメント
上手ですね、やはり父上の....か。私も写真は...ですが。

カテゴリーに「国立の記憶」なんぞすえて、真鍋さんの本気が分かります。
| AKi | 2004/09/09 6:11 PM |
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