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それは地域の緑の価値を見直し、それを快適な「天然の空調装置」として住まいに活かすことである。
本書はこうした視点に立ち、個人の住まいづくりと街の環境づくりをつなげるビジョンと実践例を示し、本当の快適さを体感するための「エコロジー住宅市民学校」を誌上開講する。
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BOOK SCRAP『私と日本建築』A・レーモンド
・すべてを取り去ったとき、残る本質と原理とが、日本の魅力の源である。
「日本建築について」『私と日本建築』A.レーモンド
・日本で仕事をする外人建築家には、一つの特権がある。現代建築の目標として再発見された基本的原則が、日本建築や文明の中で、具体化されていくのを眼前に見られるからである。
「日本建築について」1935『私と日本建築』A.レーモンド

・日本の住宅は、自然の形の進化に似ている。あらゆる点において、正確、妥当な解決を見出す内部からの欲求に基づいている。同時に生命の真価を充分に理解していて、実用的であり表現的でもある。
「日本建築について」『私と日本建築』A.レーモンド

・日本人にとって、自然は生命の秘密を握る鍵でもある。すなわち、多年にわたって、人間を守ってきた自然を裏切るべきではなく、常に間違いのない指導者として頼りにしてきた。人は、自然のよびかける材料を選ぶ。木材は生地のままで、藁は床に敷き、砂は壁にぬる。
「日本建築について」『私と日本建築』A.レーモンド

・西洋人のいう装飾とは反対に、日本にあるのは、必要の生み出した美である。
「日本建築について」『私と日本建築』A.レーモンド

・日本以外のどこの文明が、美しくすることは、すなわち、不要なものを捨て去ることであると、示したであろうか。単純化と、無駄を捨て去ることと、昇華させることこそ、趣味の人のいう優雅といえる。
「日本建築について」『私と日本建築』A.レーモンド

・すべてを取り去ったとき、残る本質と原理とが、日本の魅力の源である。
「日本建築について」『私と日本建築』A.レーモンド

・日本の家には、驚くほどの自由度がある。夜間や冬は、外部を堅く閉ざし、内部を部屋に分割した箱となる。夏は、雨戸、障子、引き戸、ふすまを取り払い、家は天幕小屋よりも開け放たれ、風が素通りする。
「日本建築について」『私と日本建築』A.レーモンド

・西洋への旅行から戻ってみて、西洋人は外気に接するのが、こわいのではないかと思うに到った。西洋人は、天気が気がかりならば、窓に近づいて外を覗くに違いない。彼は着物を替える時以外、季節のことを滅多に考えてもみない。夏の日、親しく訪ねてくる友をねぎらうのに、涼しい滝の絵を掛けることを、われわれはするだろうか。それとは反対に、日本人は、家の模様替えをし、自然のあらゆる状態に応じてその絵を替える。
「日本建築について」『私と日本建築』A.レーモンド

・われわれが仕事を始めたとき、まず最初にこの風土の研究を進めたのである。完全に統一した形としなければならない、家と庭をまず合体させることにしたのである。
「日本建築について」『私と日本建築』A.レーモンド

・わたしはわれわれも、ある過去には同じような事態に到達し、それが、科学と生活への応用に発展したのを知っていた。更にはそれが機械時代となり、この国の調和を破り、19世紀初頭以来、西欧諸国を支配している混沌とした美学の原因になって、今もってわれわれが抜けだそうとしていることも知っていた。
私の幸運というのは、一世紀以上も昔、すべての西欧諸国が失った古い事態と同じことが起こっているのをこの日本で眼前に見て、その証人になり得ることであった。
私は今までより以上、ある確信に到ったのである。すなわち、われわれの美的表現の混沌状態こそ支配原理に対する知識の喪失によるものであり、その原則こそ、あらゆる時代のあらゆる芸術家の共有物であって、それにより、偉大な、真に満足な芸術が生み出されたのであった。すなわち、われわれのいう現代建築は、その失われた原則を再現する勢力そのものなのである。また、同時に、その原則を再出発させ、物質文明の緊急な改革の示す新しい条件に適用させようとする努力に他ならないのである。
「18年間の日本生活」1938『私と日本建築』A.レーモンド

・現代建築と呼ぶものが、日本では無意識に実行され、生き続け、守られていた、建築の原則であり、我々はその失われた原則の知識を、意識的に回復させようと努力しているにすぎないと気がついたのである。
「日本建築の原則」1940『私と日本建築』A.レーモンド

・日本人は、西洋で用いる壁よりむしろ、その柱や梁の、優秀な構造組織をもって、すばらしい開口法を発達させてきた。日本の家は、密閉部と外気に開放した部分が随意にとりつけられている。
日本を訪れる者は、皆そろって日本住宅の開口部の可動性に熱中する。だが今では、西洋でも同じことを楽しめるようになっている。大きなガラスを用いる現代の構法が、長い間失われていた、われわれと外界との触れ合いを回復させたのである。最大量の日差しを入れるために、家を正しい方向に置くこと、可能な限りすべての部屋を南に向かせ、夏には風通しのよい方向に配置することなどが、重要になってきた。しかし、今でもまだ、南がどの方向にあろうが、居間を道に面して配置するような習慣がある。日本では、方位を無視して建てるのは想像もつかないことであり、そんなことをすれば、家族の誰かが死ぬとすら思われているのである。この地方の気候で、ガラスを充分に使うことが果たしていいのかどうか、という一般的関心に対しては、私はすでに、何人かの協力的な施主や、自分自身ーー建築家として当然のことだがーーに試みた。そしてその答は肯定であった。
「日本建築の原則」1940『私と日本建築』A.レーモンド

・大きな開口部のもう一つの利点は空間を創り出すことである。空間の創造は、日本建築、現代建築両方にとってもう一つの原則である。たとえばその部屋でも、一つの側面を取り払ってみよう。その全世界はあなたのものとなる。庭の彼方の木立や、垣根が、本当の境になっているような、小さな部屋に坐ってみればわかる。
「日本建築の原則」1940『私と日本建築』A.レーモンド

・必要なのは大きな部屋ではなく、建物と家具で人間が埋まらないような、整理された部屋なのである。構造を美学的に扱う科学は、殊に日本にあり、これをわれわれは学べなければならない。
「日本建築の原則」1940『私と日本建築』A.レーモンド

・単純性ということが、美化、そしてさらに省略を意味するような文化は、おそらく日本以外に未だかつてなかったのではないだろうか。単純化が一層強められて、不要を省略する時、趣味を解する人はそこに優雅を見出す。ディテールに拘束されない所では、この精神がもっとはっきり表現される。人は、何かを表現しようとする際、床の間の一幅の掛け軸、一輪の花など、二本より一本にと単純化されたものほど好ましいとする。さまざまな要素が完全に調和する微妙な瞬間、何ものかが語り始める。その時、人はこの上ない幸福感を味わうのである。
「日本建築の原則」1940『私と日本建築』A.レーモンド

・標準化は、建築家の能力を経済的に自由にする一つの道具であると私は考える。90%の彼の力を注いで、よく分からない材料のために費やされることなく、基礎も組織化され、生産品も生産工程も何千人もの本職の経験をあつめて単純化される。各建築家と業者とが、材料のかき集めから出発するのではなく、この場合は、テスト済みの材料とその方法が、図面に書き込めるし、それは作業水準と予定された要求を充たすことで分類されている。いつもその範囲は積極的で、研究と経験をもとにして改良が続けられている。デザイン要素および、生産品とその過程の標準化とは、根本概念を単純化させる。
「集団住宅・戦後の責任と機会」1945『私と日本建築』A.レーモンド

「正直」
・外部の形は、内部の構造を、正直に表現しなければならない。
「デザインにおける永遠の価値」1949『私と日本建築』A.レーモンド

・大自然のあらゆるものと生物のデザインは、もし深く研究すれば、求める者には誰でも、宇宙の法則をはっきり啓示することであろう。
「デザインにおける永遠の価値」1949『私と日本建築』A.レーモンド

・美しいデザインでは、すべての部分、静的、動的のすべての機能が、明確に表れている。あらゆる構造材の特質は、充分働くように配置され、あらゆる非機能的な要素は、完全に省略され、その本当の正直さを混乱させるものは、存在を許されないのである。
「デザインにおける永遠の価値」1949『私と日本建築』A.レーモンド

単純
・デザインにあって、表現の方法が単純化するほど、真の理念にちかづき、表現がつよくなり、力に溢れ、さらに真実に近づき、美となる。
「デザインにおける永遠の価値」1949『私と日本建築』A.レーモンド

・大きく葺きおろしたひとつの屋根、邪魔するものもなく、一定の高さを走る軒、これらは休息と、静かさと、おおらかさをもたらす。
「デザインにおける永遠の価値」1949『私と日本建築』A.レーモンド

率直
・空間の相互関係と方向を損なわずに、分割されて個々になった空間を、できるだけ単純な形で構成するのが率直さである。
「デザインにおける永遠の価値」1949『私と日本建築』A.レーモンド




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