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創氏改名


私には創氏改名という史実を知識としてではなく、悲しむべきこととして体験したことが一度だけある。
私の父が死んだとき、残った私たち家族が暮らす土地の相続の手続きのために、父方の祖父が戸主になっている除籍謄本を入手しなければならなくなった。父方の祖父の名は金聲培といい、慶尚南道山清郡に本籍があることがわかった。
私は苦労してハングル語でその行ったことのない父の故郷の役所に手紙を書き、祖父の謄本が必要なわけを説明し、謄本を送ってくれるように頼んだ。送られてきた古い謄本はハングル語ではなく、漢字とカタカナで書かれており、創氏改名をした事由のカ所は抹消され、年号も日本の年号は韓国のものに訂正されていた。謄本はたくさんの附箋がついおり、創氏改名の跡が現在に至るまでまざまざと残され、胸に迫るものがあった。
父は死ぬまでに5回名前を変えていたのであった。4回は他人によって、そして最後は自分で。10歳のときに金三律を金錘南に、そして昭和15年の創氏改名によって金和平に、戦後金錘南に戻ったが、日本に帰化した父はその名を捨て、真鍋英雄となった。
ようやく書類を準備した私は登記所に行き、謄本の説明をした。窓口の官吏は生前にいくつも名前が変わった被相続人をいぶかしげに、これでは登記ができないという。私は弁護士に頼むことにしたが、そのとき官吏が私に言った言葉が忘れられない。
「それで、創氏改名ってなんですか?」
私は憤怒を越えて、とても哀しい顔をしていたに違いない。
| 国立の記憶 | 21:09 | comments(3) | trackbacks(0) |
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コメント
真鍋さん、こんにちは。久しぶりにブログ拝見。「創氏改名」はもう歴史の教科書からのけられているのかもしれませんね。ぼくは司法書士ですからなんだかその登記官の対応が目に浮かぶような気がします。善良な人間が、国家のカンバンを背負ったとき、人が変わってしまう。どこかに強制されるのではなく別のヒトに変質する。カンバン、レッテル、建前、立場、こういう器にあわせてヒトは変わる。そしてヤドカリみたいにどっかの器に入りたがるんですね。そんな器を探さなくても、裸のままで一人の人間として大事なことは大事と言える、そんな土俵のうえに第十堰問題をのせたいなあ、とずっと考えてきたように思います。
| ひめの | 2004/12/11 1:20 AM |
姫野さん、こんにちは。自分が中年になり、子どもを持つようになって、父のことが気になり出しました。なぜ自分の過去を話さなかったのか、どんな少年、青年時代を送ったのか。そんなことをぼんやり考えることがあります。裸のままの一人の人間として何かを犠牲にしてでも大事なことは大事と言える、それがその人の勇気でしょうね。なんとなく生きていても生涯に1、2度はそうした勇気が試されることが誰でもあるように思います。
| komachi | 2004/12/12 1:33 AM |
ぼくは人間死ぬまでその一瞬一瞬が未体験の連続だと考えるようにしています。自分が小さな人間なのでそうやって問題を前向きにとらえ直したい、と思っているんですね。うまくいくかどうかわかりませんが。
| ひめの | 2004/12/13 3:49 AM |
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