私の小学1年時代は散々だった。お多福風邪をやり、治ったと思ったら猩紅熱にかかった。41度の高熱になり、急いで立川病院に隔離された。親と会うのも金網越しである。他の子供が退院するなかで、私だけが取り残された。クリスマスの前には退院できるよ、と励まされたが、結局クリスマスを病室で迎えた。病院の食事が悪かったのだろう、脚気にもなってしまった。今でも病院の食事の匂いが蘇ることがある。
退院した日、家で迎えてくれたのは雑種の黒い子犬だった。両親からの遅いクリスマスプレゼントであった。
2年生の夏休みにクロの絵を緑屋が募集した絵のコンテストに出した。特選になり、通っていた小学校に大きな世界地図が送られ、全校生徒の前で校長から褒められた。担任の岩崎先生は絵の具のセットを褒美にくれた。しかしわたしは素直に喜べなかった。父から辛い評価をもらったからである。
クロは雌で、とても近所の犬たちにモテた。小さいのから大きいのまで、知っている犬から初めて見る犬まで家にやってきた。クロはいやがって逃げるが、多勢に無勢。父はついに犬小屋に蓋をしてしまった。クロは一度だけ子供を生むことが許された。
その頃、子供たちにとって、とても怖い大人たちがいた。犬さらいである。犬さらいが来た!と近所から知らせが入ると、子供たちの顔はひきった。犬さらいはいつも2、3人で縄を手に持ってやってきて、片っ端から犬を捕まえていった。その頃は放し飼いがふつうだったのである。
小学4年の秋、近所の家よりだいぶ遅れて私の家にテレビが来た。家族がテレビに熱中していたある日の夕刻、クロは誰にも知られずに息を引き取った。